新潟大学脳研究所 基礎神経科学部門
分子神経生物学分野

 人などの高等動物において、考える、喜ぶなどの脳の高等な機能は、生れながらにして備わっているものではない。人は誕生したときから、頭(脳)を持つのは間違いないが、その中身の神経細胞は実に未熟で、神経突起やシナプス結合はかなり少ない。その後、5歳になるまで神経細胞は脳内で、「教育」という刺激のもとでむさぼるように数百から数万の神経間連絡網(シナプス結合)を形成し、多数の神経細胞と連絡会話できるように成長することで脳組織という細胞社会を形成する。それゆえ大人の神経の連絡網(神経回路)は、幼児期にできたものが大半を占めることになり、考える、悲しむ、喜ぶなどの感じ方、考え方(脳の機能)を潜在的に支配しつずけるので、「三つ子の魂、百までも」ということわざが誕生することになる。裏返せば、考え方といった脳の機能は、成長期に獲得したシナプス結合と神経回路連絡網の様式に依存していることになる。おもしろいことに、この未熟な神経細胞をネズミの胎児より取出し、バラバラに分散して、栄養分の入ったシャーレ中で培養してやっても、同様に成長し、シナプス結合という神経連絡網を作り上げる。


ラット大脳皮質神経細胞の培養

面白いことに細胞1つにして培養しても 心臓の筋肉の拍動(自己発火)している神経細胞群が存在する。その代表的な集団が、ドパミン神経やノルアドレナリン神経などのモノアミン神経である。これらの神経細胞は 全身に血液を供給している心臓のように大脳皮質や海馬の基盤活動をスイッチングしている。そのため、これらの神経が死滅すると脳死状態となる。

我々の神経栄養因子と神経発達との関連を研究してきた実績を踏まえ、最近では、免疫学やがん研究で主な注目を浴びてきたインターロイキンやインターフェロンといった液性制御因子、サイトカインに着目して、「サイトカインによる脳発達制御の実態」、ならびに「サイトカイン異常と精神疾患の関連性」を探求している。具体的な研究目的としては、炎症性サイトカインと脳機能にまつわる3つの疑問への回答を試みている。

1: 脳内神経・グリア細胞での生物学的活性(神経細胞のどんな特性が発達制御されるのか?)
2: 脳内ニューロン活動への生理的影響(シナプス機能・発達にどのように結びつくのか?)
3: 精神神経疾患との関連(サイトカインはどの神経細胞の発達を障害し、精神疾患を引き起こすのか?)

 発達性精神疾患、なかでも統合失調症、注意欠陥多動性障害(ADHD)や自閉症は人口の約0.3~1%が罹患する重大な疾患であるが、その原因はほとんど判っていない。糖尿病や高血圧と同様に生育環境と遺伝が関与すると考えられていて、環境因子としては母体のウイルス感染や周産障害、出産時虚血、幼児ストレスなどが要因として挙げられている。それらの環境因子に共通する分子要因としてサイトカインの関与が疑われていた(Nawa et al., 2001).サイトカインの多くは神経栄養因子としても作用するが、我々がサイトカインの新生仔投与やそのトランスジェニックマウスを用いて検討したところ、末梢性に投与・誘導されたサイトカインは脳血液関門を通過して神経栄養因子として、また、その拮抗薬として脳発達を障害して認知行動障害を誘発していることが判明した。そこで我々は、この「脳発達の障害」の実態を分子・細胞レベルで特定し、そのメカニズムを明らかにしたいと考えている。