新潟大学脳研究所 基礎神経科学部門
分子神経生物学分野


1. 統合失調症とは

統合失調症ってどんな病気?

 統合失調症はもっとも代表的な、ありふれた脳の病気のひとつです。人種、民族、地域を越え、その 臨床診断基準に従えば、「幻覚、妄想、支離滅裂な会話、行動の異常(まとまりがない行動や、じっと固まって動かなくなる)、陰性症状(感情の平板化、意欲の欠如など)のいずれか2つ以上を6ヶ月以上に渡り呈する」となっています。この診断基準によれば、類似した疾患に統合失調症様障害、短期精神病障害、失調感情障害、妄想性障害、双極性障害などがあり、病態の期間、感情障害の有無などで区別されています。これらの診断は精神的もしくは心理学的な病状を医師が問診して判断するものであって、決して生物学的、遺伝学的な根拠があるものではありません。このように、統合失調症は、他と明確に区別できる病態を示す特異な疾患というよりは、大きな精神病症候群のひとつの区分であると考えたほうが妥当でしょう。

統合失調症は遺伝病なの?

 教科書的には、統合失調症の一卵性双生児の発症一致率が50%、患者の親から生まれた子供の発症率は平均の10倍に達するなどの事実から、遺伝の関与が強く示唆されています。実際にも、患者が多発する濃厚家系があちこちに存在します(下図)。しかし多くの家系発症の場合、たとえばDISC1遺伝子転座家系では、統合失調症だけでなく、強迫性神経障害、感情障害など、多様な精神病が混在しており、また、転座を持っているにもかかわらず正常な家族もいます。数千人以上を対象とした遺伝学的な家系解析や同胞対解析、SNP解析によって、NRG1、COMT、DISC1など数十の候補遺伝子が報告されていますが、その疾患リスクへの貢献度(オッズ比)はほとんど1.5倍以下です。したがって、これらの遺伝子は原因遺伝子や連鎖遺伝子と断言できるものではなく、現在では「関連遺伝子」と称されます。
 このように期待と失望が交錯しながら歩んできた遺伝研究の結果、いまや統合失調症を単一遺伝子で解説するのは難しいと言われています。それに代わって登場した仮説がCommon disease-common variant仮説です。つまり、遺伝子個々の疾患リスク貢献度(疾患のかかりやすさへの影響)は低くとも、頻発するその遺伝子多型が数十個集まれば発症にいたるという仮説です。しかし、2008年のThe Wellcome Trust Case Control Consortiumによる数千人規模のゲノムワイド関連解析(GWAS)では、旧来の候補遺伝子の関与は再現されず、これまでの研究結果を統計的に統合したメタ解析でもそれらの正否は分かれています。最新の数万人規模で実施されたゲノムワイド関連解析研究では、組織適合性抗原(HLA)に対するゲノム領域が 群を抜いて統合失調症の発症に効率で関連するであろう遺伝子座として同定されています。HLA遺伝子座は アトピー性皮膚炎や食道がんなどでも、もっとも突出している連鎖染色体領域です。他の脳疾患であるアルツハイマー病やパーキンソン病のゲノムワイド関連解析では、検出されていないので、統合失調症が自己免疫疾患的な環境因子に影響される疾患であることを示唆していることになります。そのほかに登場した仮説が遺伝子のコピー数多型の変異です。これは旧来のSNP解析技術では無視されてきたゲノム変異であり、新規の変異や多型が多く発見されています。しかし最新の統合失調症研究においてはその変異部位に患者間の共通性が少ないと報告があり、Common disease-common variant仮説に反する結果となっています。

統合失調症の原因は、何なの?

 数十万人規模の疫学的研究でも、妊娠母体のインフルエンザ感染、周産期障害(低体重出生)など、統合失調症に関連する環境因子がいくつか見つかっています。これらは、オッズ比、有意確率など、上記の関連遺伝子に勝るとも劣らない因子として重要視されています。結果、現在ではポピュラーな統合失調症の原因として、脳発達障害仮説が最も注目されています。遺伝因子と環境因子が相互作用をして、脳の発達を障害した結果、この精神疾患の発病に至るというものです。実際にも、この仮説に基づいて多くの動物モデルが作成され、統合失調症に類似した神経生理学的、行動学的異常性を示すことが確認されています。

統合失調症の研究が難しいのはなぜ?

 最後にもう一度、原点に返って統合失調症研究の問題点を考えてみましょう。この疾患に対する研究は、(1) 患者を対象にゲノム、脳画像、脳波等を調べる「臨床研究」、(2) 動物モデルを作って認知行動異常に関係する遺伝子、薬の作用やその分子シグナルを研究する「基礎研究」に大別されます。「臨床研究」の問題点は、この疾患に生物学的な定義が存在しないことがあげられます。現在の診断学は患者の心理症候に依存するので、極端な場合、担当医の診断結果や発症した年齢、初期の病状などで別の精神疾患に診断されることすらあるのです。その意味で、統合失調症は病因や経過の異なる多様な疾患集合体で、生物学的には不均一な症候群ではないかといわれています。一方「基礎研究」での問題点は、ヒトとマウスの脳機能、精神機能の相違です。統合失調症の定義は、「悪口をされている幻聴」といったヒト特有の高次脳機能(心理症候)に全て依存しているので、これをマウスに当てはめるのは簡単ではありません。
 従って、統合失調症の科学的診断に、またモデル動物の科学的妥当性の評価に、信頼にたる生物学マーカーを同定することが急務と考えられます。残念ながら、「統合失調症の本態」を正確に生物学的に解説したり、診断したりできる人はいないのが現状です。しかし、その答えはわずか1300グラムの我々の脳の中に隠されているのですが。。。

引用文献

  • 高橋三郎 他、DSM-IV-TR精神疾患の分類と診断の手引(2003、医学書院)
  • Stefansson H (2008) Nature 455, 232-236.
  • Stefansson H (2008) Nature 455, 232-236.(日本語要約)
  • The International Schizophrenia Consortium (2008) Nature 455, 237-241.
  • The International Schizophrenia Consortium (2008) Nature 455, 237-241.(日本語要約)

2. 幻聴はどこから聞こえてくるのか?

 今日は火曜日、朝の5時から、カラスちゃんがうるさく外で鳴き、お友だちを呼んで集めている。なぜ、カラスちゃんは今日が生ごみの収集日であることを知っているんだろう? カレンダーでもつけているんだろうか? ゴミだしを時々忘れてしまう私より、ずーっとおりこうさんではないか。このように鳥類の音声コミュニュケーション能力、その学習能力は、九官鳥のモノマネに代表されるように驚かされる。もちろん、その意味を理解しているとはとても思えないが、言語に代表される音声コミュニュケーションがヒトに限定されないことは、容易に想像される。さて、ならばこのカラスちゃんも、統合失調症にかかれば「幻聴」を聞くのであろうか?(1)

 鳥のカラスを含め、音声で高度なコミュニュケーションを取っている動物は、哺乳類ではヒト、鯨、イルカ、コウモリがある。言語と言えるような単語や文法を有するかどうかまでは判らないものの、その音声パターンは結構複雑な構造をしていて、高度なコミュニュケーションをしていることが最近の研究で報告されている。そもそも言語音をヒトで正確に発生させるには声帯周辺にある声帯筋をはじめとする6個の筋肉にはじまり、口の形を作る筋肉、舌を上下させる筋肉、呼気量を調節する筋肉など数十個もの筋肉を調和連動させて、やっと、まともな声がでる。その声も正確に発声するには、耳からのフィードバックが常に微修正も必要である。つまり日本語50音の音声発語は、咽頭の極めて複雑な筋肉運動50パターンの成果に他ならず、誕生してから数年にわたる難度の高い運動学習を必要とする(2)。それゆえ言語発達に遅れをともなう自閉症スペクトラムで、一般的な運動能力の低下をともなうことはむしろ自然なことかもしれない。逆には、脳機能発達に遅延があるときに、その機能障害がまず言語発達害とその認知発達障害として顕在化するのは当然ということになる。

 一方、言語習得と発達には、聴覚認知、弁別能力が必須である。その運動の繊細さゆえに常に自分の発語を耳でチェックする必要があるのである。それゆえ生来耳が聞こえない聴覚障害者の多くは、その聴覚フィードバックの障害がゆえに言葉が話せないのである。最近、筆者は本新学術領域の研究に派生して、「幻聴」の研究文献を勉強することとなった。統合失調症を代表とする精神疾患に多発するこの「幻聴」はどこから聞こえてくるのだろうか? 主流の統合失調症の仮説では、大脳、とくに前頭葉で作られる内的言語(Inner Voice)を錯誤して、「まぼろしの言語」として認知したものと説明される(3)。内的言語とは、我々が通常、物事を考えるときに自分の脳内で発して、論理付けをしている「音」のような情報である。先ほどの例でいえば、寝ている私を起こすカラスに思う私の脳内の言葉である。「うるさいなああ、あのカラス! この朝っぱらからあ!!!」と寝ながら頭の中で発している「それ」である。しかし、統合失調症の患者さんに言わせれば、その「音声」は実にリアルで大きく、内的言語とは区別される。

 「言語」や「内的言語」は、脳科学的にどう定義されるのであろうか? 諸説、異説あるなかで、私が注目するのは言語運動仮説である。今年の米国アカデミー紀要に関連する面白い論文が出ている(4)。通常聞いている単語の聴覚認知のときに、唇の運動を支配する脳領域を磁気刺激してその神経活動を乱すと、その音声認知が傷害されると言うものである。この仮説に従うと、健常者の内的言語は先ほどの発声器の複雑な筋肉運動パターンを想起する神経回路であり、聴覚障害者の場合には手の筋肉運動パターンを想起する神経回路となる。実際、そのとおり聴覚障害者は思考の際の内的言語として視覚的な「手話」や「唇読」「指文字」して使用している(5)。健常者では その「発語運動」と自身で聞こえるその音の「聴覚」が常に連動するために「内的言語」を「音」として感じているだけに過ぎないらしい。したがって、この仮説に従うと 内的言語の脳内での実態は「音声」ではなく運動パターンのシンボル想起であるということになる。

 「幻聴」と「錯聴」とは 厳密な意味で異なるが、覚醒剤患者はいろいろな「錯聴」を経験する。その意味では、この二つの精神病態のメカニズムは、似通っているのかもしれない。風の音が 警察パトカーのサイレンに聞こえたり、人ごみの声が自分を指摘する叫び声に聞こえたりする。覚醒剤を知らない私も過去に2度ほど、「錯聴」 を体験したことがある。その一つは、熱いお風呂に入ろう足をいれたときに、「どこ行ってたあ?」という言葉がリアルに聞こえたという体験である。その前に内的言語でこの内容に関連するような思考はまったく行っていない。でも、はっきりとこの言葉が耳で聞こえたような気がする。 聞こえた瞬間にあたりを見回したが、誰もいない。ただ、換気扇の回る音がするだけである。どうやら、換気扇のうなる音をそのように錯聴したらしいのである。

 これも最近学習したことではあるが、聴覚の音声処理とその認知、識別は、多くの他の情報(視覚、嗅覚、知覚、味覚)や記憶の補助を得て成り立っているそうである。強い記憶情報、強い視覚情報があると、聴覚の音声情報の認知はゆがめられてしまうそうだ。皆さんは「空耳アワー」というタモリのテレビ番組をご存知だろうか?(6) 海外のロックなどの洋楽の歌詞が、メロデイーとピッチの類似性から日本語の違う意味に聞こえるものである。その空耳を文脈に沿ったコントビデオを見ながら、空耳になる日本語文字を視覚的に見せられると、まさしくそのように聞こえてしまうのである。いや、そのようにしか聞こえないと言ってもいいかもしれない。また錯聴をあつかうホームページによると、記憶にある有名な音楽メロデイーなどは、その半分が1秒ごとにホワイトノイズ(全周波数ノイズ)で交換マスク(消去)されても、ほぼマスクされていない完全な音楽を聴いているように感じるのである(7)。この場合は、自身の音楽メロデイーの記憶がマスクされたホワイトノイズから抽出し、修復させているようである。つまり、音声言語の認識は、これまでの記憶、前後の文脈、視覚的コンテキストに依存しながら情報処理、補完、修正が行われている。それゆえに、その処理過程は実に繊細で脆弱であると推定される。実にこれらの2つの事例は印象的なので、みなさんも、是非、実際に体験してみていただきたい。

 ヒトの脳は騒音うごめく満員電車のなかでの特定のヒトの会話を抽出できるが、最先端コンピューターでもこんな離れ業はできていない。聴覚情報は多くのノイズ(風、エアコン、雑踏)の中から特徴抽出をして、特定のヒトの声だけにロックオンできるという高度な能力を有することがわかっている。このようにヒトの聴覚機能は実に高性能であることに驚かされる。この高級な機能は、神経生理学的に5つの神経核の情報処理に依存している。耳の内耳には 有毛細胞と呼ばれる音を電気信号に変換する感覚器があり、周波数ごとに信号変換されたシグナルは次に近傍の螺旋神経節の細胞に周波数ごとに収束し、延髄にある蝸牛神経核に伝達される。次にその一部の繊維は左右の上オリーブ核、もしくは台形体の神経細胞を経由して、中脳の下丘、さらには視床の内側膝状体、大脳皮質聴覚野に伝達される。オリーブ核以降は左右情報がかなり交差している。大脳皮質聴覚野にいたるこの5段階の神経回路で周波数分析、強度分析、周波数変化分析、ON-OFF信号等の情報デコーデイングと計算が行われていて、これらの全ての情報を大脳皮質聴覚野で総合的にパターン分析しているようである。興味深いことに、この聴覚系には遠心性の神経がオリーブ核から逆方向に螺旋神経節(内耳)に伸びていて、耳での1次音情報処理を中枢で調節している回路が存在することである。はたしてこの遠心性回路が 異常なシグナルを内耳に送ったらどんなことがおきるのだろう?

 耳で音が聞こえなくて、普段、手話で視覚的にコミュニケーションをしている聴覚障害者は、統合失調症にかかると「手話の幻視」が見えるのであろうか、それとも通常の統合失調症患者のように「音の幻聴」が聞こえるのであろうか? Atkinson博士らは、統合失調症の聴覚障害者約30人に手話翻訳者を介して、どんな幻覚を感じているか調査を行っている(8)。それによると、手話を常用している聴覚障害者でも、補聴器で音を聞いた経験のあるヒトまたは、後天的に難聴になったヒトは、「音」の幻覚を体感するというのである。その後、追試研究も報告されている(9)。もちろん、聴覚障害者が想像する「音」の定義と解釈には慎重を要するかもしれない(10)。しかし、被験者の聴覚障害者の中には片側(耳?)からの「音」の幻覚が感知されることがあること、オリーブ核周辺の出血・障害でもこのような幻聴が再現されることがあることを考え合わせると、いわゆる「幻聴」はより聴覚器官や末梢側の脳部位(中脳、延髄)でも形成しうるということになる(11,12)。また、この事実は、「幻聴」が先に議論した内的言語に由来しないことも示唆する。しかし、統合失調症の「幻聴」の多くは被害妄想的(情動的)であるので、単純に末梢側の聴覚機能異常だけでは説明が難しいのも事実である。

 螺旋神経の病的刺激を「耳鳴り」として、「まぼろしの音」を聞くことは 我々でもよくある。しかし、このような末梢性の聴覚障害によって、「文脈がある耳鳴り?」つまり「幻聴」が形成されうるかは、その成否を含めて今後の研究を待つ必要がある。いずれにしても、もしかすると、統合失調症に代表される文脈のある「幻聴」が、耳鼻科の疾患になる可能性は否定できないのではないだろうか。それならば「幻聴」はカラスでも聞いている可能性はある。 もしかしたら「幻聴」の脳科学には「胃がんの原因はピロリ菌の感染症である。」というような「落ち」があるかもしれない。でも統合失調症の研究にこのような「落ち」を求めるのは、大阪人たる筆者の悪い癖かもしれない。

引用文献

  • 1) The Neuroscience of Hallucinations. Editors: Jardri R, Cachia A, Thomas P, Pins D. (Eds.) Springer 2013
  • 2) Johns Hopkins VOICE CENTER homepage; Anatomy and Physiology http://www.gbmc.org/body.cfm?id=1552
  • 3) Cho R, Wu W. Is Inner Speech the Basis of Auditory Verbal Hallucination in Schizophrenia? Front Psychiatry 5, 75 (2014).
  • 4) Berent I, Brem AK, Zhao X, Seligson E, Pan H, Epstein J, Stern E, Galaburda AM, Pascual-Leone A. Role of the motor system in language knowledge. Proc Natl Acad Sci U S A. 112(7):1983-1988 (2015).
  • 5) Fernyhough C. Do eaf people hear an inner voice? Psychology Today Jan24 2014 https://www.psychologytoday.com/blog/the-voices-within/201401/do-deaf-people-hear-inner-voice
  • 6) YOUTUBE;21世紀に残したい空耳アワー大賞 2000.12.22 O.A https://www.youtube.com/watch?v=pvWOfl_T8JA
  • 7) 柏野牧夫; 錯視と錯聴を体験!Illusion Forum イリュージョンフォーラム http://www.kecl.ntt.co.jp/IllusionForum/
  • 8) Atkinson JR, Gleeson K, Cromwell J, O'Rourke S. Exploring the perceptual characteristics of voice-hallucinations in deaf people. Cogn Neuropsychiatry 12(4):339-361 (2007).
  • 9) Pedersen N, Ernst Nielsen R. Auditory hallucinations in a deaf patient: a case report. Case Rep Psychiatry 2013; 659698 (2013).
  • 10) Atkinson JR The perceptual characteristics of voice-hallucinations in deaf people: insights into the nature of subvocal thought and sensory feedback loops. Schizophr Bull 32(4):701-708 (2006).
  • 11) Cascino GD, Adams RD. Brainstem auditory hallucinosis. Neurology 36(8):1042-1047 (1986).
  • 12) Murata S, Naritomi H, Sawada T. Musical auditory hallucinations caused by a brainstem lesion. Neurology 44(1):156-158 (1994).

3. 統合失調症のサイトカイン炎症仮説

 炎症は生体防御における統合的システムであり、多種多様な細胞群が協調的、かつ系統的に駆動することで、生体防御を成し遂げる。たとえば、皮膚損傷がおきると、血液凝固とともに血小板から放出されたロイコトリエンやケモカインが白血球を呼び寄せ「腫脹」を起こし、そこから放出されたインターロイキン類は血管透過性を増強して「発赤」を起こし、血清中から分解産生されたブラデイカイニンが知覚神経を刺激して「疼痛」を起こし、血小板中に含まれていた細胞増殖性サイトカインが、組織の修復を促す。細菌やウイルスの感染でも同様なことが起き、その成分分子が局所のTOLL様分子を刺激して、このような炎症システムが駆動するのである。このように一連の組織だった生体防御反応を、多種多様な細胞群に命令し、統合的な炎症反応を引き起こさせる分子群こそが「サイトカイン」なのである。

 サイトカインは、通常アミノ酸数30~500程度の比較的大きなポリペプチドに該当し、アミノ酸数30以下のペプチドを排除することが多い。また、その機能性から大きく3つに分類される。炎症を駆動させる炎症性サイトカイン、逆に炎症を沈静化させる抗炎症性サイトカイン、細胞増殖をも促す増殖性サイトカインである。炎症性サイトカインにはインターロイキン類やケモカインなどがあり、抗炎症性サイトカインには 内在性のインターロイキンアンタゴニストやその受容体の細胞外ドメインなどがある。一部のサイトカインには、上皮細胞や繊維芽細胞に対し強い細胞増殖能を持つ細胞増殖性サイトカインがある。これらの炎症生体防御システムには、おおきな副作用も随伴するため、通常時では、厳密にコントロールされている必要がある。通常、抗炎症性サイトカインや副腎髄質ホルモンが、炎症生体防御システムの暴走を防いでいる。しかし一旦、この制御システム自身が崩壊すると、リウマチ熱、喘息、クローン病といった慢性の炎症疾患に見舞われてしまうのである。

 脳内は脳血液関門等で、末梢とは隔離されているものの、同様の炎症・抗炎症制御システムが準備されていると考えられる。脳内でのプレーヤーは おもに神経細胞、アストロサイト、マイクログリア、オリゴデンドロサイト、血管細胞である。これらの細胞群は、上記のサイトカイン(インターロイキン、ケモカイン、TGF類、 BDNF等)、神経伝達物質(ATP, グルタミン酸、GABA等)、小分子(プロスタグランジン、NO、活性酸素)介して、絶妙な炎症・抗炎症バランスで脳内環境を保持しているものと推定される(図1・表1)。しかし、一旦、そのバランスが脳虚血や感染等で崩壊すると、連鎖的にサイトカインが放出されて、各細胞群が活性化され、脳内は臨戦状態に陥る。このような生体防御システムを脳が事前に必要と判断する場合(精神的ストレス)にも、炎症生体防御システムの準備反応が起きてしまうと考えられる。たとえば、将来に身体が損傷すると予測される「恐怖感」は、視床下部からのインターロイキンの産生、放出を促し、末梢組織、免疫系の駆動水準を低下させるとともに、交感神経系、ドーパミン神経系を賦活化する。それゆえ、サイトカインシグナル障害は、統合失調症を含む精神疾患とも密接に関係していると考えられる。これらのサイトカインはホストのゲノム遺伝子型に影響され、また逆にサイトカインの出力もシグナルに関連するゲノム遺伝子型で変化する。これらのサイトカイン*ゲノム相互作用は、統合失調症の病態の多様性、遺伝子との相互作用、加えて最新のGWAS結果(HLAとの関連)をうまく説明していると思われる。

 最近、統合失調症の23論文を集め、762人の患者を対象としたサイトカインに関するメタ解析が実施されている。それによると抗精神病薬治療の前後比較において、血漿中sIL-2R濃度の上昇とインターロイキン1ベータ(IL-1β)低下とインターフェロン(IFNγ)低下が有意に検出されている(7)。また、非定型抗精神病薬であるクロザピン(clozapine)の慢性投与により、用量依存的な血清sIL-2R濃度の上昇やコロニー刺激因子(CSF)などのサイトカイン変化が起きることも報告されている。これらの治療薬データは、上記の統合失調症患者における臨床データとともに、精神病態とサイトカインの深い関連性をうかがわせるものである。(8)

 興味深いことに、サイトカインのヒト投与により種々の精神症状が惹起されることがある。C型肝炎などのためIFNにより治療されている患者にうつ状態が認められることは、臨床的に良く知られている。高用量のインターロイキン2(IL-2)により治療されたがん患者で妄想や認知障害が誘発されたとの報告もある。また、悪性貧血の治療に投与されたエリスロポエチンが視覚性幻覚を誘発したとのレポートもある。このようにサイトカインと精神病態との間には必要十分な関係が存在し、脳内サイトカインが精神症状の発現に関与しているエビデンスを与えている。

統合失調症患者血液で変化するといわれるサイトカインのメタ解析

サイトカイン論文数総患者数効果サイズ確率
IL-1β8409-0.1100.78
IL-1RA73710.5230.0001
IL-61912190.4650.0001
sIL-6R7326-0.0100.972
TNFα84990.2090.427
IL-2105900.2450.458
sIL-2R1711260.5990.0001

注)効果サイズ =(患者平均値 - 健常者平均値)+ 全体標準偏差
Potvina S, Stipa E, Sepehrya AA, et al : Biol Psychiatry 63 : 801-808, 2008より改

 ウイルスやバクテリアの妊娠動物への接種により、産仔に認知行動障害が誘発されることが知られていた。これらのモデル実験系の解析から、胎児や新生児の脳発達と特定のサイトカインとの関係の重要性が提唱されてきている。バクテリアの細胞膜成分であるリポポリサッカライド(LPS)投与による感染モデルでは、IL-1やTNFαが胎児脳に誘導され、その胎盤ではIL-6やTNFαが発現誘導される。実際にIL-1やTNFα、IL-6がLPS処理後の母体羊水中に高濃度に蓄積することも報告されている。ボルナウイルスやポリICを用いた母体ウイルス感染モデル、新生児ウイルス感染モデルでも同様に、IL-1やTNFα、IL-6などの炎症性サイトカインの発現誘導が観察されている。妊娠マウス母体へのIL-6投与により同様の産仔の認知行動異常が誘発できること、またこの現象は、使用する母体マウスがIL-6の遺伝子ノックアウトマウスであると再現できないことが証明されている。

脳神経系で作用するサイトカイン例

  • IL-1(インタロイキン1):マイクログリアによって分泌され急性期反応を誘導する。海馬ではシナプス伝達を抑制する。オリゴデンドロサイトに作用して、脱分化、脱髄を引き起こす。
  • IL-6(インタロイキン6):マイクログリアを刺激して急性反応を誘導する。 オリゴデンドロサイトに作用して、脱分化、脱髄を引き起こす。
  • LIF(白血病阻止因子):オリゴデンドロサイトへの分化を促進する。
  • BDNF(脳由来神経栄養因子):神経やマイクログリアから放出される神経栄養因子で アポトーシスを阻害する。またGABA神経発達を促進すると共に、LTPを強化できる。
  • NGF(神経成長因子):主にアストロサイトにより合成・放出される神経栄養因子。脳内ではコリン作動性神経がその標的の1つ。
  • TGFα:(トランスフォーミング成長因子ベータ); 主にはアストロサイトから放出される抗炎症性サイトカイン。
  • NRG1(ニューレグリン1):神経細胞が作る神経栄養因子。GABA神経細胞やオリゴデンドロサイトに作用して、その分化・発達を促進する。
  • HB-EGF(ヘパリン結合性上皮成長因子様因子):神経細胞から遊離される細胞増殖性のサイトカイン。神経前駆細胞の増殖を促す。
  • S100b:活性化アストロサイトから分泌されるカルシウム結合性の炎症タンパク。最近になり終末糖化産物(AGE)受容体の内在性リガンドであることが判明する。NF-kBシグナルを駆動して神経保護に作用するといわれる。
  • GDNF(グリア細胞由来神経栄養因子):アストロサイトから分泌される栄養因子で、GABA神経やドパミン神経の分化・発達を促進する。
  • MCP-1:別名MCAF(monocyte chemotactic and activating factor)と呼ばれ、単球の走化性因子として見出された。マイクログリアに作用し 活性酸素の放出亢進、IL-1およびIL-6の産生誘導をする。