低侵襲な脳腫瘍の診断を目指して

(2017年9月1日公開)

担当:脳神経外科学分野

はじめに

近年,脳腫瘍や癌の網羅的な遺伝子解析から,腫瘍には多くの遺伝子変異があることが解って来た.特に腫瘍化,増殖に関わる変異をドライバー遺伝子変異と言い,その同定が極めて重要であると考えられている.2016年に世界保健機関(WHO)脳腫瘍病理分類が改訂され,はじめて脳腫瘍の病理診断に遺伝子変異や染色体異常の解析が取り入れられた.我々は以前から非侵襲的に脳腫瘍の遺伝子変異を解析することを目指しており,脳研究所内外で様々な共同研究を行いながらその実現を目指している.

1 代表的な悪性脳腫瘍

我々脳外科医が臨床で遭遇することの多い悪性脳腫瘍は神経膠腫,中枢神経原発性リンパ腫,転移性脳腫瘍である.神経膠腫は様々な悪性度のものがあるが,最も悪性度の高い膠芽腫の生存期間中央値は約1年と知られている極めて予後不良な原発性脳腫瘍(脳から発生する腫瘍)である.中枢神経原発性リンパ腫は極めて増殖の速い脳腫瘍であるが,化学療法(メソトレキセート)や放射線治療が良く効く不思議な腫瘍である.転移性脳腫瘍は肺癌や乳癌,大腸癌などの全身の癌から脳に転移した腫瘍のことを言い,手術,放射線治療による脳腫瘍の治療と並行して,おおもとの癌(原発巣)に対して化学療法等の全身療法も行われる.

2 神経膠腫の遺伝子変異をヒト脳で無侵襲に捉える!

図1

図1
A. IDH1 R132H免疫染色
B. IDH1 DNAシーケンスでR132H変異を確認
C. MRSにより,IDH変異型グリオーマ症例で2-HGを検出

神経膠腫には低悪性度のものから悪性転化するタイプと,最初から極めて悪性度の高いタイプとがあることが知られている.前者の場合は,腫瘍化の早期にイソクエン酸脱水素酵素(IDH)変異が起きることが知られており,新しいWHO脳腫瘍病理診断で神経膠腫の診断を行う際にはIDH変異の検索は必須項目とされている.この変異は摘出組織の免疫染色(図1A)により,また摘出組織からDNAを抽出してDNAシーケンス(ある特定の遺伝子の配列を調べる)を行うことで解析可能(図1B)であるが,統合脳機能研究センターとの共同研究から生体において脳内代謝物を解析可能なMRスペクトロスコピー(MRS)を用い,生きたヒト脳においてMR装置に横たわるだけで無侵襲にIDH変異の有無が解析できることを突き止めた.これはIDH変異を有する神経膠腫でのみ,2-ヒドロキシグルタル酸(2-HG)という代謝物が蓄積し,MRSで解析出来るからである(図1C).

3 髄液から脳腫瘍の診断を目指して~その①~髄液PCR

図2

図2
A. デジタルドロップレットPCRでIDH1 R132H変異細胞株から抽出したDNAでIDH1 R132H変異を検出
B. 髄液からDNAを精製・濃縮しBRAF V600E変異を検出

前述したIDH変異は点突然変異であり,摘出腫瘍組織からDNAを抽出し,DNAシーケンスすることで遺伝子変異を同定できる.神経内科との共同研究でデジタルドロップレットPCRという高感度PCR装置を使用することで微量なDNAからIDH1 R132H変異を捉えることができた(図2A).また,BRAF遺伝子変異が認められた脳腫瘍患者の髄液からDNAを濃縮し,BRAF V600E変異を同定することもできた(図2B).このように,髄液から脳腫瘍の遺伝子変異を捉えることは技術的に可能であり,精度をあげることにより低侵襲的に脳腫瘍の遺伝子診断が可能となる.

4 髄液から脳腫瘍の診断を目指して~その②~髄液プロテオミクス

図3

図3
A. タンパク質検出シェーマ
B. リンパ腫2例の髄液から共通タンパク質を検出

神経膠腫以外で我々が治療研究に力を入れている腫瘍は中枢神経原発性リンパ腫である.中枢神経原発性リンパ腫は未治療だと急速に増大するが,化学療法(大量メソテレキセート療法)や放射線治療が奏効し,早期診断,早期治療が肝要な腫瘍である.現在,我々は主に針生検術で診断を行っているが,髄液からリンパ腫を診断する難題にチャレンジしている.すでに研究推進機構 共用設備基盤センターの吉田豊先生と共同で髄液のプロテオミクス解析に着手した.プロテオミクス解析とは蛋白を網羅的に解析する方法であり,この手法でリンパ腫の診断マーカーとなるタンパク質の検討を行っている(図3).

最後に

現時点では脳腫瘍の多くは治療のために手術を必要とする.しかし,各脳腫瘍に有効な補助療法(放射線治療、化学療法、免疫治療など)が開発されれば腫瘍を脳画像や髄液検査で診断し,侵襲性の高い手術をしなくても済む可能性がある.まだ遠い未来にも思えるが,脳腫瘍の診断や治療の進歩は目覚ましく今後の発展に期待したい.

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