すこやか脳,病める脳

(2017年7月1日公開)

担当:病理学分野

はじめに

それまですこやかに働いてきた脳が,さまざまな病気に侵されることがあります.脳を知り,その病のことわりを知ろうと,脳研究は行われています.私たち人間の脳とそこにみられる細胞たち,そしてその病気の姿を紹介しながら,脳研究の舞台へとご案内します.

1 脳のかたち

図1

図1 A:ヒトの頭蓋骨を水平断し,内側からみたもの.図の上部分が前頭部,下が後頭部にあたる.B:頭蓋骨におさまった状態の脳を底面からみたもの.

図2,図3

図2 左外側からみた脳.中央部に大脳がみられ,そこから右斜め下方に脳幹が,さらにその背側に小脳がみえる.
図3 大脳の断面.脳の溝を縁取るように灰白質(大脳皮質)が,その下に広い白質がみられる.

私たち人間は物を考え,感じ,言葉を話し,からだを動かして毎日の生活を送っています.こうした活動の中枢が脳にあることは皆さんがご存知の通りです.まず,その脳のかたちからみてみましょう.
私たちの脳は頭がい骨に覆われ,まるで外力に抵抗できるよう大切に保護されているような構造になっています(図1).脳を外側から眺めてみますと,全体としてはおよそ球形をしており,なかでも大脳がひときわ大きく見えます(図2).そして大脳の表面には多くのみぞが認められます.大脳の下側に連続する形でのうかんが伸び,さらにその背側に小脳が位置しています(図1,2).
脳にメスを入れてみましょう.そうしますと,私たちの眼には灰色にみえるところと白くみえるところがあります(図3).それぞれ,(かい)白質(はくしつ)および白質(はくしつ)と呼ばれています.前者は神経細胞のからだ(細胞体)が存在する場所であり,後者はその細胞体から伸びた細長い線維が束をなしている場所です.こうした基本的な脳のかたちはどのひとも同じです.勉強しただけ脳のシワが増える,ということはありません.

2 脳の細胞

図4

図4 神経細胞の顕微鏡像.A: 大脳にある大型運動神経.B: 小脳皮質.プルキンエ細胞と呼ばれる細胞が特異的に染色されている.4個の細胞体が横一列に並び,上方に無数の樹状突起を,下方に1本の軸索(矢印)を伸ばしている.

図5

図5 グリア細胞の顕微鏡像.A: アストロサイト.たくさんの突起がみられる.B: オリゴデンドロサイト.核は黒く丸くみえ,その周りが白くぬけてみえる.

脳はたくさんの種類の細胞からつくられています.その主なものは神経細胞とグリア細胞です.脳のさまざまな機能は,多数の神経細胞が連絡し協調することによって発揮されます.神経細胞の基本的な働きは,刺激によって興奮しその興奮を別の神経細胞などに伝えること,さらには別の神経細胞から伝えられた興奮を受け取ることです.この働きを行うために,神経細胞は細胞体と2種類の突起((じく)(さく)樹状(じゅじょう)突起)を持っています(図4).軸索は細胞体から1本伸びる細くて長い突起です.細胞体から興奮を伝える働きをしています.一方,樹状突起は細胞体の周囲に,木の枝のようにたくさん出ている細い突起です.これらは他の神経細胞から伝達された興奮を受け取ります.この興奮伝達の場を'シナプス'と呼びます.この目的のために,樹状突起の表面にはごく小さなトゲ状の構造((きょく))がたくさんつくられています.

グリア細胞(図5)は神経細胞の活動を支え,また修飾している細胞です.脳がすこやかに働くためには,神経細胞とともにとても重要な細胞です.ヒトではグリア細胞の数は神経細胞のそれをはるかに上回り,数十倍に達すると推計されています.グリア細胞にも幾つかの種類があります.なかでもアストロサイトとオリゴデンドロサイトが代表的な細胞です.アストロサイトは四方八方に伸びる突起を持った細胞です.この突起は神経細胞体や樹状突起あるいはシナプスをくまなく覆い,また血管の周りを取り囲んでいます.神経細胞の活動に必要な物質を供給し,また血管から脳内に有害物質が入り込まないように働くバリアの一翼も担っています.オリゴデンドロサイトの細胞体からは薄い膜様の広がりがみられ,軸索を幾重にも巻いています.この構造は(ずい)(しょう)と呼ばれています.これによって興奮の伝わり方が格段に早くなります.

3 脳の病気

図6

図6 脳病変の肉眼像. A: 悪性の脳腫瘍.上方からみた大脳.図の上部分が前頭葉.右大脳半球の外側に大きく張り出した病変が認められる. B: 脳出血.大脳の断面.左大脳半球に大きな出血が認められる.

図7

図7 病気に侵された脳の顕微鏡像.
A:アルツハイマー病.神経原線維変化.中央部で上方に炎のようなかたちがみられる.B:パーキンソン病.レビー小体(矢印).丸く,外周が淡い.C, D:α-シヌクレインを特異的に染め出したもの.C:パーキンソン病.レビー小体がドーナツ状に黒くみえる.D:多系統萎縮症.烏帽子様のグリア封入体が多数みえる.

脳は頭蓋骨に覆われており,このつくりは他の一般内臓器とは異なっています.容積が決まっていて伸び縮みの融通がききません.その特殊性のゆえに,とても困ったことがおこる場合があります.つまり,脳内に腫瘍(図6A)や出血(図6B)が生じてしまった場合には,頭蓋内の圧力が高まり,その結果,生命維持に重要な脳の部分が圧迫されて,生命の危険にさらされることがあります.脳こうそくや脳炎などに伴って必ず起こる脳のむくみ(脳浮腫(ふしゅ))によっても同様のことが起こりえます.

考えてみますと,私たちの脳を栄養する血管の走り方も内臓器とはずいぶん違っています.肝臓も腎臓も肺も臓器のまん中に太い動脈が突き刺さり,そこから,つまり内側から,外側に向かって枝分かれします.ちょうど木の幹と枝のイメージです.脳では逆に外側から内側に向かって枝分かれいたします.脳血管は太いままで脳の表面を走り,それから脳組織にまっすぐ入り込み枝分かれしていきます.脳の表面にある血管は'くも膜'とよばれる薄い膜の下を通りますので,この部位で血管が破れますとくも膜下出血となります.栄養をたくさん必要とする大脳皮質は脳の表面近くにあるために(図3),内臓方式による血液供給ではそこに到達する頃には血管が細くなりすぎて不都合なのかも知れません.

脳が病気におかされると,脳の細胞はさまざまなかたちを示してきます.たとえばアルツハイマー病では,老人(はん)や神経(げん)線維変化(図7A)と呼ばれる構造がみられます.このように,ある疾患に共通して認められるかたちの変化がみつかりますと,それはその病気の成り立ちを理解する上で重要であろうとみなされ,研究が進められます.パーキンソン病ではレビー小体(図7B)が認められ,その主成分がα-シヌクレイン(図7C)と呼ばれる蛋白質であることも明らかとなりました.この蛋白質がパーキンソン病でのみ蓄積する,この病気に特有の悪玉か,というと,どうもそう単純にはいかないようです.なぜなら多系統(たけいとう)萎縮症(いしゅくしょう)という病気では,このα-シヌクレインがオリゴデンドロサイトの細胞体に蓄積する(図7D)ことが知られているからです.近年ではこの病気のように,もともと神経細胞が消失する病気においても,グリア細胞の変化も重要ではないか,と考えられてきています.

脳病変におけるかたちの変化を認識することは重要なことです.私たちが目にしているこの病変に,病気をもっと深く理解するための多くの事実があるはずです.しかし,なかなかそれが見えてこない.真摯に拝見するほかない,とも思います.研究の方向性も,研究結果の妥当性も,ほんものであるヒトの脳から教わっている,とも思います.

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